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北斎や広重の青い空をとおして木版そのものの板目がかすかにあらわす濃淡を、私は絵そのものと関係ないものと知りつつ見ていて、そこが好きである。
井戸田道三氏によると、浮世絵をあれほど尊重し、熟視したゴッホでも、透明な青をとおして見える木版の板目までは模写の対象とはしていないそうだ。自然とのかかわりかたのちがいのようなものが、ゴッホと私たちのあいだにはあるのだろう。田中清さんの型染 版画を見ると、同時に私は"眼と手"の人のカッターナイフの痕跡を見ようとし、その手わざが好きである。そこには鋭い刃物で切り棄てられたもの、あるいは切り出されたものの背後にある田中清という作家の眼の記憶を奥深く宿した懐しいものがある。
久しぶりにあった版画家が、やおらカバンからだした小さな封筒から抜きだして見せてくれたナイフの柄は、ヒョウタンのくびれのように細くなっていた。田中さんが20年間握りしめてきた証である。
「これだけです」
元来ぶっきら棒なところがあって、そのくせ実のあるところを強く感じさせる魅力の持主は、ほんとうにそれだけ言って帰っていった。
かつて、天秤棒の手垢にまみれた、黒びかりするひきしまった重量感が美しい、といった人の洗い晒しの木綿のような人間味を私は久々に感じた。北斎や広重の板目のように私が田中版画の手のあとに見てきたのも実は、あの細くすりへった"柄"だったのだろう。
「芸術というのは、広くわけて、二つの側面を持っていると思うんです。人間が意識的に計算して表現する側面と、個人がどうしても表現したり、つくり出したりすることのできないある原型のようなものへもどっていくという側面と、両方あると思うんです」(山崎正和氏)
意識的に計算された表現というより、田中清さんの型染は無意識に"浮上"してくる原型的なものだ。山崎氏流にいえば、西欧的な意識的表現と、個人を超える文化の原型を志向する表現とのちがいといえる。
ふるさとの祭り太鼓の音を遠くきいて血のさわぐ思いをしない人はないだろう。それは計算された音楽ではない。からだそのものが感じる無意識な共鳴であって、原初的、原型的なものである。田中清さんの作品構図や視点は色や空間の対比の計算でなりたっているのではなく、むしろその種の対象の把握は無視して、自らの限の記憶にひたってくるものだけをかたちにしているのだ。遠くに祭りの太鼓か、瀧の音をきく思いに似ている。
今春、小川美術館で能の素囃子"瀧流し"をきいたが、太鼓と小鼓は合わせて、笛は勝手に吹き流すというその音色のズレの美しさに感動した。ご一緒した高山辰雄さんは「僕もあのズレをだしたい」といわれたが、田中清の画面にみられるしじまのようなズレはこれに近いと思う。
田中さんのシリーズの「多摩の新景」などをみていて、色があるとそれこそ見ているが、この人の作品はモノクロームだと自然に考えている自分に気づいたことがある。
「因襲と土の匂いが体にしみつくような、但馬の山ひだのなかの小さな村で育った私は、美しい自然と貧しさと偏狭とでみがきあげられた、日本の土着の作物が、やりきれなくいとしい」。
これも遠い日にきいたことばだが、色彩の記憶ともども、そんな想いが染み、浸み、滲み込んでいるのである。
たとえば画面前景いっぱいに春草が繁り、そのうえに空がおおいかかり、中景にこまごましたものが描かれた"前景拡大"の作品をみると、私の目とこころはおだやかさを失ない、意味不明(無意識の)の変になつかしい気分にそそのかされる。
ああ、田中清が染み、沁みてくる、といういいがたい想いにひたってしまうのだ。ひたるとは水などにつかってしまうことだが、ひたり、浸みこんでしまうようなものをこの人の作品は体質的にもっているのである。
洋風画を思わせる「前景拡大」のその画面は、西欧に学んだ日本の油彩画や近代日本画とも異風である。田中清は現代の画家たちの多彩な手法に自分の眼を同化させるということはほとんどしてこなかった。逆に、遠近法や透視法や写真術を、頑固にも全部自分の眼に同化させてきたのである。それは田中さんのどのシリーズをみても歴然としており、その強い「自己化」が、私に影のように漂う手わさを見せ、田中清的空間感覚の新しい表現となってきたのである。
人間の眼の位置によって描く対象がさまざまに変わるということを示すという意味では、人間の眼を原点とする近、現代人の合理性をふくんだ画面なのだ。が、そのはずなのにすべてを自分の眼に同化させ、自己同化させた非現実的な田中版画の「遠近」は、むしろそれゆえにもう一段階上の高次の現実を表現していて真の現実感覚だりえているのだ。
私たちは自然を、風景を、だれが見ても同じ不変の存在と思いがちだが、ひとによって関心の持ち場所もちがうし、好き嫌いもある。
風景はひとが見て風景となるのだから、必ずしもだれが見ても同じ風景とはいえない。
「多摩の新景」は、田中清が描いてはじめて風景と名づけてよいものに成ったのである。
ひとびとはその作品に自分のほんとうに見たかったものを発見してはじめて風景と納得するのだろう。
私は旅行をしていて、"ああ、田中清の竹林だ"と感じることがある。田中さんの作品に似ているというのではない。その型染が版画家と同じ見方を私にさせるのだろう。無意識の共鳴である。
私事、右足骨折の痛みと薬のため頭脳霞状態だが、それゆえにむしろ田中清さんの「影」と「眼」の合体したような美しい世界が染み入るのであろう。それが田中清の美術の性格であろう、と勝手に思うのである。 |